アシノビト研修旅行 in 東北 その②

2日目の夜明け前。
露天風呂から眺める日の出は最高だろうと、昨日もお世話になったホテル観洋へ。
 
眠い目をこすりながらやって来た私たちでしたが、残念なことに
朝風呂は宿泊客しか入れないとのこと・・・
諦めきれず、ホテルのロビーから朝日を待つことにしました。
 
ゆっくりと、空の色が明るくなってゆきます。
暗かった入り江に少しずつ、陽の光が差し込んで、はじまる新しい一日。
 
漁をする船の姿が見えてきて、あぁもうこれは日常なんだと、
まちの人々に、海と暮らす日々が戻っていることを、今更ながら気付きました。
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津の宮荘に戻って朝食を摂り、女将さんにも南三陸の見所を教えてもらい、
まずは、南三陸で津波の被害を免れた五十鈴神社を訪ねることにしました。
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赤い鳥居の下に、記念碑が建てられていました。
未来の人々へ「地震があったら、この地よりも高いところへ逃げること」
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いま、この記念碑が立っているところまで津波が押し寄せ、さらに上にある社の付近で、
190人の住民が不安な一夜を明かしたそうです。
 
波の音、冷たい風、灯りのない町・・・どれほど心細い気持ちで、いただろう。
 
記念碑の場所から見下ろす町は変わり果て、道路には工事用車両の大型トラックばかり。
重機があちらこちらで作業を続けていました。
こんなに頑張っている人がいても、震災後1000日経っても、先の見えない町の姿・・・
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神社の下、海の見える見晴らしのいい場所に植えられていた桜の木。
まだ細く頼りない幹に、堅く閉ざされた小さな芽が、じっと春を待っていました。
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そして私たちは、南三陸から気仙沼を目指して移動しました。
気仙沼は、コダマさんのおばあちゃんのお家があったところです。
残念ながら津波の被害に遭われ、お家は跡形もないとのことでしたが、
コダマさんの記憶を頼りに、その場所へ行ってみることにしました。
 
町に、残っている建物は少なく、ここはきっと家だったんだろうなと思わせる、
住宅の基礎部分や土台が残っているだけ。
コダマさんのおばあちゃんのお家の跡は、見つけることができませんでした。
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ここは玄関かな。
もう二度と、ただいまも、おかえりも、聞こえることのない玄関。
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気仙沼にも、商店街の集まる『復幸マルシェ』という場所があります。
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シンちゃんの繋がりで、会長さんにお話を伺うことができました。
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気仙沼は、打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」が解体されてから、訪れる方が1/10まで減ってしまったそうです。
メディアの取材や芸能人の訪問も、以前は南三陸➡気仙沼➡陸前高田というルートだったのに、
気仙沼は飛ばされるようになってしまったと話されていました。
何とも、やるせない気分になります。
 
この復幸マルシェも、3月に移転することが決まっているそうです。
私たちも引越作業のお手伝いに来ますとお話しし、会長さんと別れました。
 
そして、再び南三陸へ。
アシノビト全員、やり残したことがあったからです。
そう、『キラキラ丼』です!!
これを食べずに、芦野へは帰れません!
 
昨日も行った、さんさん商店街の中に、キラキラ丼を食べられるお店がいくつかあり、
イクラがメインということには変わりないのですが、店ごとに違ったイクラ丼を出しています。
私とタッちゃんは、ここまで来たんだから!と大奮発して、
『弁慶鮨』の超豪華、2000円のキラキラ丼をいただくことに!
 
そして・・・
きゃーーーーー!!来ました、粒ぞろいのイクラたち!!
お寿司屋さんならではの、新鮮なお刺身もたっぷりのっております!
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キラキラ丼は、A級の海の幸を安売りするのではなく、適正価格で販売していて、
南三陸の観光として楽しみながら、お腹も心も満たされ、さらに商店街の方の支援にもなるという、双方にとってすばらしい企画です。
皆さんも、南三陸に行ったらぜひ一度ご賞味くださいね。絶対に損はありませんから・・・(笑)
ごちそうさまでしたーーー!
 
旅の最後に、観光協会のイトウさんと一緒に記念撮影。
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イトウさん、お世話になりました。必ず、また逢いに来ます!
 
帰りの車の中、仙台の街の灯りを見ていました。
きっと街の中には傷ついている人もいるし、被害を受けた場所もあるだろう。
でも、南三陸や気仙沼で見た荒涼とした町を思いだすと、その差に呆然としてしまう。
ワタナベさんが、仮設住宅の暮らしが長引いているので、町外への人口流出も深刻な問題、
と言っていたのを思い出した。
たとえば、仙台へ移り住む、それが最前の選択と決めた人がいたとして、
誰にそれを責めることができるだろう。
 
旅に出る前、震災から2年半が過ぎて、今からできることなんてあるのかな?と思っていたけれど、
むしろ支えが必要なのは、これからなのかもしれない。
町を形づくるという、ハード面でできることは少ないけれど、
毎日、震災後の変わり果てた町に向き合い、
この先もあの町で生きて行くんだと、心に決めて踏ん張っている人たちに、
個人として、ゲストハウスとして、できることはないかと考え続けたい。
そして今回シンちゃんに繋いでもらった、イトウさん、ワタナベさん、復幸マルシェの会長さん。
出逢えた人たちの元気な姿に逢いに行き、繋がりの輪を広げたり、強くしていくことを、
これは別に支援ではなく、人と人の関係として、続けていきたい。
 
そんなことを思った、研修旅行でした。
連れて行ってくれたシンちゃん、BBありがとう。
そして、楽しく、学びの多い旅を共にしてくれた、アシノビトのみんなに感謝。
 
アシノビト研修旅行 in 東北 完
 
 
アシノビト研修旅行 in 東北 その①

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