「ももちゃん」だったころ。

朝起きると雨が降っていた。
雨の日は、遠い記憶が甦ってくることがある。
 
今から6、7年前、私はそこそこ大きな病院に勤めていた。
ヘルメットみたいな、おかっぱ頭だった。
それも襟足はカツっと潔く刈り込んで、内巻きにパーマをかけたおかっぱ。
スカートもパンツも似合う万能おしゃれヘアだと思っていたけど、
職場のユニフォームである白衣だけは似合わなかった。
そんな私は、病院で目立っていた。
 
泌尿器科の先生は、当時私のことを「ももちゃん」と呼んでいた。
自分の父親より年上の彼は、私の本名を最後まで知らなかったと思う。
先生は暇だったのか、よく薬局に出入りして油を売っていた。
どうして「ももちゃん」なのか、聞いても教えてくれなかったけど、
私が当直の時にはお菓子をくれたり、面倒な問い合わせにも心良く応じてくれて、
なんだかんだ、かわいがってもらった。
私の先輩が「ももちゃん」の由来を聞いたら、
「だって髪型も、顔もまるくて桃みたいだろ〜」と答えたらしい。
確かに顔はパンパンで丸かった(今も丸いけど)。
気にしていただけに、嬉しい由来ではなかった。
 
先生は他にも女の子に名前をつけていて、病棟には「ジャスミン」がいた。
切れ長の眼で、髪はさらさらストレートで、細くてきれいな彼女は、まさに「ジャスミン」って感じだった。
私は、先生なかなかセンスあるーーーー!と感心した。
 
薬局の先輩にも、とってもきれいな人がいて、先生は彼女にも名前をつけた。
人生の中で今がキレイの絶頂、という理由から先輩は「有頂天」と呼ばれていた。
「おい。うちょうてん、うちょうてん」
一体褒めているのか、おちょくっているのか・・・
ジャスミンとは違うけれど、これまたセンスあるーーー!と感心した。
 
それから、私は髪を伸ばし始め、おかっぱではなくなった。
医局の先生から、「あの薬局のおかっぱの子、辞めちゃったの?」
と聞かれることがあって、「それ、私ですけど・・・」みたいな、平凡な感じになった。
それでも例の先生は、私のことを「ももちゃん」と呼んでいた。
 
最後病院を辞めるとき、きちんとした挨拶もできなかったと思う。
今はまったく違う仕事、それも旅の宿をやっているなんて言ったら、
先生はなんて言うだろう。
 
病院に戻ることは一生ないと思うけど、
あのヘルメットのようなおかっぱは、いつかまたやってやるのだ。
そんな野望を、今も心に秘めている。

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